回文と囲碁 

回文と囲碁
                                                     今市市 尾郷

   来たか恋しい碁がたき −回文と囲碁−  その1 

1.回文とは

 前から読んでも後ろから読んでも同じに読める文を回文という。
日本人は昔から言葉遊びが好きだったと見えて、文献上は平安の頃からある。日本最古とされるのは「奥義抄」(1140年ころ藤原清輔編)に載る

 むら草に草の名はもしそなはらば なぞしも花の咲くに咲くらむ

 といわれている。

 江戸時代に縁起物の宝船の絵に添えられて、掛け軸として人気があった

 長き夜のとをのねぶ(眠)りのみな目覚め 波乗り船の音のよきかな

 は作者不詳なるも、前例に比べると和歌としても秀作である。ただ、この歌の「とをの眠り」は意味不明である。

 和歌は上の句と下の句で文字数が異なり、回文で作るにはかなり技巧を要するため、内容的にくだけた狂歌にその例が多い。「吾吟我(ごぎんわが)集」(石田未得著、1650年頃刊)に15首が載っているほか、「百(もも)よくるま」(三友亭著、1808年刊)などの回文歌集もあるという。

 しら雪の消ゆる春野か駒しばし 馬子が乗る春雪の消ゆらし

 桜木の訪ひし香りは花の園 なはばり侵し人の気楽さ

 中臣の御神楽1人舞の手の いまりと開く神の御戸かな

 などが代表的例である。「と開く」は擬音である。時代を経るにしたがって佳作が増えるのがわかる。

 江戸時代に入り俳諧やそれに伴う川柳が全盛期を迎えると、5,,5調の回文も隆盛期を迎えた。字数が整っていて比較的容易に作れるせいか、「毛吹草」(松江重頼著、1645年刊)に作り方指南が載り、「廻文俳諧百韻」(石田未得著、1644年刊)、「水車集」(中島隋流著、1661年刊)ほか、回文だけの句集も多くできたという。

 眺めしは野菊の茎のはじめかな

 岸に咲く色香もかろい草錦

 キツツキの飛ぶや小藪と軒続き

 消ゆる子の片目に見たか残る雪

 今朝皆はうち群れ夢中花見酒

 などが代表作といえる。作品は多いが、質が狂歌よりも落ちたように見えるのは先入観のせいだろうか。「片目に見たか」は厳密には失格である。

 回文のルールには二つの派がある。

 緩和派は日本古来の濁点・半濁点の無視や、「ばびぶべぼ」と「まみむめも」の混同、ひ、うふ、はわ、おなどの混同を許容する。

 厳格派は清音、濁音、半濁音を区別し、前からと後ろからの読みが完全に一致しなければならないとする。さらにはカタカナや促音の「っ」さえも平仮名や大きい「つ」と混同させない、という超厳格派まである。

 文献でお見せしたように、歴史的に日本の回文は前者のルールで作られてきたし、大勢の人が回文作りを楽しめるためには、ルールは緩やかなほうが良い。後者のグループは回文作りをソフト開発から始めたため、両方向からの読みが完全に一致する回文しか作れないのではないだろうか。

 外国の回文事情を調べてみる。中国では古代から廻文詩と呼ばれる漢字並べの、逆読み可能な詩が作られた。梁の簡文帝作と伝えられる

 塩飛乱蝶舞 花落瓢粉奩 奩粉瓢落花 舞蝶乱飛

 などがある。しかし中国語では漢字1個が意味を持ち、逆読みは主語と動詞が入れ替わるので、どうしても意味が違ってくる。

 英語ではpalindromeといい、やはり昔から存在したようだ。ただし表音文字であるので回文を作るのは難しそうである。

 Nurses run(看護婦さん、走って)、No lemon, no melon(レモンをくれなきゃメロンもあげない)、Poor Dan is in a droop(可哀そうなダンは意気消沈している)、ナポレオンが言ったというAble was I ere(=before) I saw Elba(エルバ島に流される前の私に不可能はなかった)、とか、エデンの園でアダムがイブに自己紹介した言葉としてMadam, I’m Adam. などが有名である。この際ナポレオンやアダムがなぜ英語で話したかは重要なことではない。

 最近の作と考えられるものにA Santa lived as a devil at NASA(サンタはNASAでは悪魔だった)、A TOYOTA. Race fast, safe car. A TOYOTA(トヨタ車は速くて安全だ。やっぱりトヨタだ。)Was it a car or a cat I saw?(今私が見たのは車?それとも猫?)などがある。  

さらに独仏露西などほとんどすべての言語で回文があるようだが、詳細は割愛する。世界で一番長い回文はフランス語で5566字のものがあるという。

2.回文囲碁川柳

前項でのべたように回文で作った川柳は昔から存在したが、はて回文囲碁

川柳は誰かが挑戦しただろうか。インターネットで検索しても見つからなかった。よしやってみよう、と思い立ったのはかれこれ8年前だった。作ってみると意外に作りやすい。2〜4文字の専門用語が多いと、回文つくりに資するところが大きいとわかった。

 快感はすと追い落とす挽回か 思い知ったか、憎い碁敵め!

 おめさんが勝つまで待つか燗冷めを 酒席が始まっているのに…

 気取る笑み黒地が白く見えるとき 黒さんは自分の地と思ってるが…

 身軽さが猿にも似るさ飾る髪 あの女流は筋がいいね、髪形も

 えらく燃えイタチ打ちたい屁も食らえ 腹ツケで勝てればいいのだが…

 捨石を動いていこう惜しいです これだから何時までも上達しない

 白9目捨てる春です雲黒し 捨てたのか、獲られたのか…

 コスむ手か読み切れ君よ勝て息子 応援席は気が気でない

 遠き日よ死活懐かし良ひ棋音 この碁盤でよく死活の勉強をしたな

この際だ切ってアテツギ大差の碁 ダメモトは気楽なものよ

 やって来い力なら勝ち囲碁徹夜 体力勝負なら負けないぞ

中石を押して勝てしを惜しいかな 中石からオス手は気づきにくい

飯抜きでザル碁に凝るさできぬ締め 締めくくりは自分できちんと

 手あるげに誘うは嘘さ逃げるアテ 誘いに乗ってくれたらシメタ!

 投げるときとんだ破綻と気取るげな 情けが仇に、なんちゃって

 スジ逃がし形朽ちたかじかに死す 形が壊れては致し方なし

 すわまね碁うろたえ太郎こねまわす 勝負事は冷静さが肝要です

 中地捨ていざ出すダサイ手筋かな 狙っていたにしてはお粗末

 隅の死をもらったつらも押しのミス 押さずにグズンでさえいれば

 ダメ4つ死に際気にしつつヨメた 攻め合いはダメの差だ

 読み切って勝った目立つか手つき見よ 遠くから見ても分かる

 中9目捨てた沙汰です愚も愚かな こんなヨミではなかった…

 きついオキ空しく死なむ気負い尽き これを食らっては観念だ

 僅差の碁ダメつい詰めたこの慙愧 半目負けとは悔しい

 切ってノビ見えたまた笑み火の手つき 敵の狙いが見えたら負けない

 残念だサバキ無き場さ断念さ いくら粘ってもダメなものはダメ

 何遍かダメ場でハメたかんべんな ダメ場でハマるかよ、グジャジイッ!

  かけた恋今日(けふ)も夜も更け囲碁だけか 夜更けまで付き合ってくれた彼女の目的は囲碁だけか、
                                   この恋にかけていたのに…。

 ヒーローはパロディーの題材にされやすい。人気のバロメーターにもなるのでプロ棋士は有名税と思ってあきらめてもらいたい。

 大きな地武宮3桁地無き王 どちらが勝つかは別の話

 今見たか坂田の高さ形見舞い 形見とは何かの記念になること

 和服着て依田凝る碁だよ敵食ふわ 羽織袴の対局は少なくなった

 虹を跳び敬吾そこいけ一押しに 応援団は最近物足りない感じで…

 祖父の部屋泉美は見ず居八重の譜ぞ 大木谷の棋譜は上達の宝庫だ

 おかしさや由香里取り替ゆやさし顔 指導碁でも突然怖い顔になった

 今ぞ立て覚やるとさ出たぞ舞 今年は往年の調子が戻った

 金台座へと紳路跳べ最短期 国際戦への期待も最高潮

 ヨミ勝って勝ちも知親手づかみよ いよいよ桧舞台へ登場か

 て誠陽子行こうよどこまでも 祷りこめて、行け行けどんどん

 デモン指示よく聴け喜久代自信持て 実力はあるのだから

 無のゆえに業師藤沢煮え湯飲む 失うものが無いから碁界に一石

 ダメや破棄!苑田下覗きは止めた 西の宇宙流だぜ、俺は

 退散て…、光一いう子天才だ その昔、旭川の碁会所で

 世界へと義を泣け直樹飛べ生かせ 世界は君を待っている

 誰ぞ衝く張を追う余地靴逸れた 張栩を追う若手の靴が脱げちゃった!

                                                                                                      (つづく)

 (前編はここで終わらせていただき、後編は回文囲碁狂歌の紹介と

回文川柳・狂歌の作り方を詳しく述べる予定です)