青島編 Part 11 ライター千遥
上海と蘇州を結ぶ新幹線列車
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列車は快適に走る。北京から天津までは約1時間10分。これまで遅い列車にばかり乗っていたせいか、やたらに速く感じる。天津師範大学では2年前まで、Aさんは日本語の教師をやっていた。また、天津日本語教師会の会長でもあった。帰りはチンタオから天津まで、この列車で戻り大学の学生宿舎に泊まる予定である。ふと、列車後部の電光掲示板を見ると、速度は180から185kmと表示されている。天津までは約130キロだから、巡行速度はそんなものである。
乗車時間の5時間は、あっという間に過ぎた。チンタオの駅は現在改修中ということで、一つ手前の四方駅(sifang =スーファン)が臨時の終着駅である。これは、もちろんチンタオ市内の駅である。お客は、それぞれ大きな荷物を持って降りる。私は急ぐこともないから、モタモタと一番最後に降りた。そこで気づいたのはゴミの山だ。座席の上や下にたくさんある。散らかし放題だ。やはり長年の間に身についたマナーは、一朝一夕には直らぬことを改めて感じた。
北京オリンピックを控えて、これまでの国民意識の変革には大きな困難が待ち構えている。この一般庶民の「意識改革には大変なエネルギーを必要とする」と、推測せざるを得なかった。
バッグを引っ張って駅に降りた私を「カモ」にすべく、チンタオ市内の地図を売るおばちゃんやホテルの勧誘員、タクシーやら人力車の人たちに取り囲まれる。いちいち冷やかしているわけにもいかない。暇ならそれも面白いが、Aさんが待っている筈だ。携帯電話を取り出して電話を入れる。バスでも行けるが、荷物が邪魔になる。そんなことでタクシーで待ち合わせ場所であるマクドナルドの前で降りた。
無事にAさんとも再会することができ、早速Aさんの自宅に行く。街中から一路中に入るともう住宅街である。だが、あまりパッとした景観ではない。安宿や古びた低層のマンションが立ち並んでいる。込み入っているから、うっかりするとAさん宅も見失ってしまいそうだ。
宿泊で一番安価なのは旅館 (背景のマンションではありません) 普通は平屋
真ん中はAさんのお住い「福」が逆さまになっているのは 「福を招くため」
近くには こんな立派なマンションもあり 名所もある
Aさんの自宅は、5階建ての古いマンションが立ち並ぶ奥まったところにあった。表示は日本と同じで、302号室である。入り口には、中国なら何処でも見かける「福」の文字を逆さまにした飾りが掲げられている。その下に「日本語教室」と書かれた紙が貼ってあった。玄関の扉は日本とは随分異なる。間口が広く二重構造で、外側はいわば分厚い鉄の面格子だ。とにかく2枚の鉄のトビラは重い。これでは泥棒もちょっと侵入は出来ないようだ。
部屋に入ると、本日の生徒さんたち4人が待っていた。女子が3人に男子が1人。みな、普通に日本語の会話をこなす。
大学では日本語を専攻し、日本語検定試験1級をパスしている人もいる。立派な実力者である。Aさんの授業では中級クラスに属する。Aさんの教え方を傍らで拝見した。実に懇切丁寧だ。いわばマンツーマンの形(マンツースリーもあるが)であり、その狙いは、ただ話せるだけではなく「日本語らしい日本語」を教えることである。我々が日本で会う中国人に見かける特有のアクセントや誤りを徹底的に鍛え直している。ここで学べば、わが国のおかしな言葉を使う若者たちは、ビックリ仰天することだろう。まさに感嘆するばかりの授業ぶりであった。
男性1人(さん)も中級受講者であるが、Aさんの教え子でもあり親切な介護人でもある。最も頼りになる隣人というわけだ。夕刻、その (yu xuelai=ユウ シュエラアイ)さんにホテルを案内して頂いた。 ホテルへの途中、ほどよい店でさんと食事をする。さんは25、6歳か、もう少し上かも知れない。高卒後18歳のときに軍隊に2年行った。兵役の義務はない、と言われる。そのため、大学にいくチャンスを失ってしまった。それをとても悔しがる。日本企業に勤めたいが遥かに流暢な人が多いため、就職が出来ない。いまはアルバイト中のようだ。彼女はいる。Aさんの話では、同棲しているらしい。和歌山県出身で、バイトで生活費も稼ぎ中国の大学を卒業したそうである。もちろん、中国語も素晴らしく上手で、今はチンタオで勤めているとのこと。両親は中国に行くことに賛成したが、おじさんやおばさんたちは猛反対したとか、いろいろな話が出てくる。
ご本人は2年後には、ぜひ結婚したいとのことだった。この日は言うまでもなく、私がご馳走した。食事代は、いくら食べてもたいした額にはならない。
このさんに、無料電話や無料チャットの Skypeを教えてもらった。これは今でも便利に、かつ有効に使わせてもらっている。
このアイコンをクリックすると、中国浙江省の小学校教師である
23歳の衣衣さんとのチャットに繋がります。
青島海福時尚務酒店(ホテル)室内の様子 NHKの衛星放送も視聴出来る
左3枚は日章旗もひるがえる海天大酒店(ホテル) こちら公園で遊ぶ若者と母子
夕食後にホテルに戻る。外観やホテルそのものは北京の京都ホテルよりは見劣りするが、ホテルの室内の設備や従業員の応接なども丁寧で、特に問題はない。Aさんは、新設されたばかりの「ビジネスホテル」との話だったが、どこがビジネスホテルなのかさっぱり分からない。私の日本におけるビジネスホテルとは全然感覚が違う。これこそ、立派なホテルではないのかなぁ。
私がチェックインした直後に、一人の欧米人らしき女性が現れた。宿泊費の話をしている。どうも一泊で320元と答えている。こちらは160元だ。人をみて、値段を吊り上げたのかな?
そんなことはあるまいが、何かおかしい。
翌13日、朝食のバイキングを摂ったあとに、さんが迎えにきた。さんと一緒にAさんの家に行く。本日はお二人ともお忙しいということで、まずは単独のチンタオ散策へと出かけるにした。と言っても、実際は3日後の天津への乗車券の購入が第一の目的である。これが確保出来ないことには、先の行動予定も立てられない。そんなことで旅行会社もある海天ホテルを探す。これが、なかなか見つからない。Aさんと何度も携帯で電話したが分からない。
通行人やら警察官、警備員など片っ端から捕まえて、「海天ホテル」の場所を聞く。そんなことをして、やっと目的のホテルに辿りついた。「海天大酒店」などの発音は簡単だが、やはり学力不足だったのかも知れないな。
旅行会社に着くと、私を日本人とみた職員は日本人の同僚に電話している。出てきた日本人女性職員は、テキパキと、パソコンで検索する。だが、間違って航空券を探していた。やり直しだ。その結果は予定した15日の乗車券は売り切れでない。16日の17時過ぎの乗車となってしまった。16日の天津師範大学で宿泊できるかは不明だ。でも、乗ってしまえば何とかなる。ここは開き直って決めてしまった。
何処の国でも同じだろうが、宿泊先と乗るべき列車の乗車券が確保できれば、あとは気ままに旅を楽しむことが出来る。と、いうものか。ひとまず安心して、チンタオの海岸に向う。北京ほどの雑踏ではないけれど、涼を求めて人々が集うのは日本と同じだ。ただ、国土の大きさゆえか、それほどの混雑さや息苦しさは感じなかった。
チンタオ海岸の光景一端
北京オリンピックを十数日後に控えて、1年前の出来事をシコシコと書いている一人のおっさんがいる。一方、面子にかけてもオリンピックを成功させたいのは、政府のみならず中国国民一般の願いでもあろう。しかし、その影に多くの人々の生活が破壊されてきた。この一大国家プロジェクトの前に、犠牲となった方々への保証もしっかりやってもらいたいものである。
それが出来て初めて大国となりつつある中国を、世界各国は認めるのではなかろうか。
この20日、北京と天津を結ぶ新幹線のマスコミへの発表行われた。時速350キロで世界一の速さと言われる。その技術は、ドイツと日本のもの(はやて)が導入されたものである。このことには一切触れずに、国民には国産のブランドとして知らしめている。ここに大国と化しつつあるものの、国民の目をかなり意識した施策が見て取れる。
それはそれとして、先日試運転した中国の新幹線を見てもらいましょうか。(C・W)
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