今市市   尾郷 賢




水田に映える日光連山


  初めて日光連山の朝焼けに出会ったとき、これはすごいと思った。
  境界型糖尿病を宣告されて20日あまり。散歩の効能をしつこく聞かされ、いやいや始めた散歩だった。幸い年寄りだから早朝に目が覚める。朝飯前に30分ほど散歩に出よう。ついでに1ヶ月余り前に初めて手にしたデジカメも持って出よう。
 散歩の折り返し予定地点に差し掛かったとき、ちょうど日の出となった。驚いた。遠くに見える日光連山が朝日に映えて燃え上がったのだ。



  デジカメで撮りまくった。デジカメの映像は赤さがより増していた。翌日から日光連山の朝焼けが楽しみで、寒さなど問題外だった。散歩と朝焼けとデジカメの虜になった。
  約1週間後、連山朝焼けのすぐ上方に前夜の満月が残っていた。いい構図だった。その夜ドカット初雪が降り、木々の枝に雪片がまとわり付いた様が花のようにきれいだった。雪華と呼ぶ、とあとで知った。雪華が朝焼けを呈するとは予想だにしなかった。枝に咲いた華がピンク色に輝いているのを見て狂喜した。この輝きが数十秒しか続かないことを連山の経験で知っていた。雪の中を転げるように走り回って撮った。まるで満開の桜のような映像が撮れた。この世のものとも思えない美しさだった。

  その後新年になり、日がたつにつれて連山の朝焼けが色あせてくるようになった。朝焼けには季節が関係するのだとわかった。思い立って、男体山の6合目あたりにある展望台にゆき、直近から朝焼けを撮った。有名な横山大観の赤富士にも負けない、立派な赤い男体山の映像が得られた。赤男体と名づけた。
  朝焼けの季節も終わり、撮りまくった映像をプリントして壁に張り、その美しさを毎日繰り返し楽しんだ。雪華の映像では朝日が当たる小高い堤防やサツキの植え込みなども赤く映えていた。平坦な雪面は青みを帯びて見えた。照らされたすべてのものが赤く燃える中で、不思議なことに、満月の残月のみが白々と輝き、朝焼けを拒否していた。まるで孤高を誇示しているかのように見えた。

  朝焼けや夕焼けの理由は良く知られている。光の色は赤橙黄緑青藍紫の順で波長が短くなってゆく。波長の短い青色系は空気中のさまざまな小物体に当たって散乱する。朝と夕は太陽光がわれわれの眼に届く前に厚い空気の層を通過するので、その間に青色系は散乱し消えて行き、波長の長い赤色系のみが届くのである。

雪華 赤男体山   ヤシオツツジ


  ではなぜ満月の残月が朝焼けしないのかがわからない。太陽光が満月に届かないはずはない。現に、月の全面が太陽光を反射する現象が満月である。
  夕方昇るときの満月はとても赤い。夕焼けの原理と同じである。で、朝の満月は?
 インターネットで「日の出前の赤い満月」という写真を見つけた。実に赤い。これで満月も朝焼けを拒否しないことがわかった。では私が撮った朝焼け連山のすぐ上の満月はなぜ朝焼けしていないのだろう。
  次に、「赤富士と満月」が映った写真も見つけた。日の出に映える見事な赤富士と、上空の白々とした満月とが映っていた。赤富士と満月との距離はかなり遠かった。

  どなたか、科学的な考察を寄せていただけないだろうか。一つだけ解答として考えられるのは、朝焼けの持続時間の問題かもしれない。地上の朝焼けは前述のように、せいぜい数十秒で消えて行く(この理由もはっきりしない)。満月の残月は朝焼けの終了後の姿かもしれない。連山が朝焼けする数分前に、満月だけが朝焼けしていたのだろうか? まだそれを確認するチャンスを得ていない。