アメリカンコネクション・囲碁のグローバライゼーション

渡辺 敏一

Hello! める碁会の皆様!

英語で書き出すとはキザな奴とお思いでしょうね。しかし、米国に住んでいると毎日Helloと何回もいいます。道で知らない人と出会うとどちらからともなく、にっこり微笑みながらHelloです。なかなか良い習慣です。

今回「める碁会ニュース」の編集をなさっておられる長年の友人森厚生さんからアメリカの碁席事情でも書かないかというお話しがあり、文章を書くなどといった柄でない私ですが、今や世界のゲームとなりつつある囲碁のアメリカ事情なら少しは分かるので、会員の皆様にご紹介できればと思い、しばしお邪魔する次第ですが、どうかよろしくお願いします。

今私は「よろしくお願いします。」というコトバを何気なく使い、読んでおられる皆様には何の違和感もなかったことと推察いたします。われわれ日本人の間では、この「よろしくお願いします。」というコトバがいろいろの場面で上手く使われています。囲碁の対局前には、われわれは当然の如く相手にいっている挨拶です。

その昔、私が当地の囲碁クラブ(South Bay Kiinサウスベイ棋院と呼びます。)に入会したての頃のことですが、初めてアメリカ人と対局するときこの挨拶で困ったのを思い出します。「よろしくお願いします。」を英語でどういうのか分からなかったのです。そこで苦肉の策で“Hello”と挨拶すると、相手のアメリカ人はキョトンとし、少し間を置いてHi”と返事を返してきました。当のアメリカ人にしたら、この野郎つい先刻会い、既に話もしているのに改めて“Hello”とは何事かと虚を突かれたのに違いありません。

私は「よろしくお願いします。」の英語表現をどうしても知りたくて、終局後このアメリカ人を捉まえてしつこく聞いて見ました。 結論からいいますと、英語には「よろしくお願いします。」というような謙譲語はないのです。ないものをいえというのですから無理な話で、聞き出すのも一苦労です。対局前の礼儀や日本人の考え方や習慣を説明せねばならないからです。やっと私の話を理解したこのアメリカ人が「俺は“I’ll beat you.”と挨拶する。」などと答えたのです。即ち、和訳すれば「お前をこてんこてんにやっつけてやる。」ということになります。

「よく考えてみるとこれが実は本音ではないか」などと、私の側でこの成行きを見守っていた日本人メンバーは変なところで感心し納得していました。それ以来わがクラブでアメリカ人と対局するときは、必ず“I’ll beat you.”で始めています。そしてこのコトバを教えた張本人が今では“Stop it! Watch your language.”(やめろ、言葉遣いに気を付けろ。)と絶叫しています。

しかし、最近ではアメリカ人やその他人種の囲碁愛好者の間では、囲碁用語は日本語で十分話が通じます。それどころか囲碁用語は日本語のほうが彼らにとっても気分が出るようです。

日本棋院のホームページの情報によりますと、日本棋院に本部を置く国際囲碁連盟(IGF: The International Go Federation)に加盟する国は世界の66カ国に及び世界の囲碁人口は(これは情報源によってまちまちですが)大体3〜4千万人だそうで、これが年々増加の一途を辿っているとのことですが、囲碁のグローバライゼーションを如実に物語っています。 

私の住むアメリカには約20万人もの囲碁人口があり、中国、韓国、日本、台湾に次ぎ世界第四位だそうです。わがクラブにもアメリカ人(白人ばかり)が5人、台湾人が4人いますが、何れも高段者で揃いも揃って囲碁狂い、三度のめしより囲碁が好きという連中です。しかもこの外人組(失礼、アメリカでは日本人が外人でした)全員が高段者で、この中の白人の一人が六段でわがクラブの最高段位保持者です。一体どのようにしてこれらアメリカ人が囲碁の世界に入っていったのか、非常に興味のある点で、いつか一人一人に聞いてみたいと思っています。

なお、注目すべきことと申しますか、素晴らしいことと申しますか、彼らは囲碁だけでなく、全員が日本贔屓で、日本食も大好きなのです。彼らが最も苦手である筈のタコやイカ、それに“うに”のにぎりまでも平気で食べます。食べる量も身体に比例して尋常な量ではありませんから、囲碁クラブの新年会や忘年会では、日本人メンバーはいつも割り勘負けです。しかも熱燗が大好きで、いくら飲んで顔には出ないし酔わないので、ここでも割り勘負けです。

さて、わが愛する囲碁狂いのアメリカ人メンバーの話をしましたが、私自身も10年余り前に友人から囲碁を勧められ、当初は白黒二色の石だけでちょこちょこ並べているあんなゲームのどこが面白いのかと思いながら嫌々クラブに通っていたものですから負け続け、最初に貰った持ち点がマイナスになり、不登校ならぬ不登クラブの状態に陥っていたのに、今やその魅力に取り付かれ、こんなに素晴らしい趣味を紹介してくれた友人に足を向けて寝られないばかりか、心から“囲碁のある人生は素晴らしい”と声を大にしていえるのです。

では、今日はこの辺で、いつかまたの機会にアメリカの囲碁事情などをお話できることを楽しみに致しております。

まだまだ、日本は寒い折柄、皆様も御身大切に囲碁をお楽しみください。

皆様のご健康を、海の彼方よりお祈り致しております。